「言葉の意味」を追い求め

こんにちは。tigubaguこと桂木大輝のブログへようこそ。発達障害当事者、ひきこもり経験者の僕が日々感じたことを徒然なるままにつづっていきます。読んでくだされば幸いです。

やっぱり人生は自分を知っていく旅

おはようございます^^

こんにちは。こんばんは。

tigubaguです!

 迷いに迷って、それでも進む

ずっと迷っている。

いろんなことを迷っている。

これからの人生をどう生きていくか、今の歩み方で理想の自分へ近づけるのか、などの大きな迷いから、今日の晩御飯なんにしようか、ご飯にかけるなら納豆がいいかキムチがいいかそれとも両方かけるか、などのとても小さい迷いまで、とにかく大小さまざまな迷いの毎日を僕は今生きている。

 

人生が厳しいなと思う大きな要因は「迷うためのだけの時間をくれない」ことだ。

迷いがあろうがなかろうが仕事に行かなければ行けないし、仕事をしていなくても家事をしなくちゃいけなかったり、トイレに行かなければいかなかったり、なんにせよ「迷うためだけの時間」というのは人生には含まれていないんだ。

 

だから迷いながらでも進まなきゃいけない。

「どれだけ逃げても明日は知らん顔でやってくるさ~♪」と嵐も歌っているように、迷っていても明日は必ずやってくるんだ。

自分のことを知っていく旅

迷いながらでも生きていく行為は、「自分のことを知りつつ生きていく」ともいえる。

「迷う」ってのは「自分のことがわからないから起こる」んだ。

でも迷うためだけの時間は取ってられないから、迷いながら、自分のことがわからないながらでも生きていくしかない。

そして生きていく中で自分のことを知っていくしかない。

いうなれば人生は「自分を知っていく旅」だ。

 

僕はここに歳をとることの魅力があると思う。

歳をとればとるほど、自分のことをたくさん知れるんだ。

自分のことを知れば知るほど迷いも減っていく。

だから歳をとるほど生きやすくなると思っている。

(実際は自分のことを知れば知るほど迷いも増えていっているという人もいるから本当に人間って面白いですよね。)

「今ある自分」を肯定しつつ、「なりたい自分(理想の自分)」に近づいていく

「迷い」ってのはそもそも自分に目標や、理想、あるべき自分ってのがないと思う。

自分がどうなろうと知ったこっちゃない、どうでもいい、って本心から思っている人には迷いってのは発生しないんじゃないかな。

別に自分のことを知らなくても困らないから。

「なりたい自分」ってのがあるから、今の自分をどう成長させればなりたい自分になれるのかを考える。

その際に「今ある自分」ってのを考えてもわからない。だから迷う。

これでいいのか、自分は本当はどうしたいのかと。

 

「なりたい自分」と「今ある自分」の関係。

なりたい自分は往々にして今ある自分を責め立てる。

「おいもっとがんばれよ!」、「そんなんじゃだめだぞ」

そしてもっともっと迷いにはまっていく。

 

自分を知るために迷うことは大切だけれど、それでも程度、バランスはある。

なりたい自分は自分の成長、そして自分を知っていくための迷いを発生させるものとしても大切な存在だ。

しかしそれが過度に今ある自分を否定してくるようら関係性を考えねばならない。

なりたい自分に近づきつつも、今ある自分の肯定を忘れない。

この意識を心がけたい。

 

 

長くなりました。

この文章を書いていて、やっぱり人生ってのは自分を知っていく旅なんだなと思いました。

 

今日もよろしくお願いします。