ネタで滑ることは、他者目線を知るためのいいチャンス
おはようございます^^
こんにちは。こんばんは。
tigubaguこと桂木大輝です。
発達障害をもつ多くの人が他者目線を得ることが困難と言われている。
よく自閉症の研究で2人の女の子がいてぬいぐるみを隠して~のテストがあるけれど、他者目線を得ることが困難な発達さんはこのテストがなかなか苦手らしい。
(サリーとアン課題)
それで僕もご多分にもれず発達さんのど真ん中を走らせてもらっているので
他者が何を感じているか、空気を読むとはどういうことか等を理解するのにとても苦労した。
僕が今なんとか定型さんとの場に行ってもそれなりにふるまえるようになったのは趣味でやっているコントが功を為したと考えている。
僕は大学時代一人でそれこそ4年間ずっと一人コントをやっていた。
田舎の大学やけんそんなお笑いサークル的なものもないし、披露する場なんかほとんどない。
だからこそ飲み会、何かの集まりの空き時間、とにかく披露できる場があればいつでもやった。
そのうえでわかったのが、「いつでもどこでも披露していいわけではない。」、「きちんとTPOをわきまえたうえでやったほうがよく受ける」、「自分のネタがどう他者から見られているかをとにかく考えないと滑りまくる」というプロの芸人さんからすれば当たりまえすぎるほど当たり前なことだった。
場もわきまえず、周りにお客さんもたくさんいるなかで1人大声出してネタをしたってそれは迷惑にしかならない。そしてそんな状況で笑ってくれる人なんてほとんどいないし、なにより僕がネタをやりづらい。
そしてなにより自分のネタが相手にどうみられるかを徹底的に考えざるを得なかった。そのくらい僕は滑り倒していたから。
特に1人2役のコントが多くて、「どっちがどっちかわからない」というお声を1億回くらいきいた。
自分の中では伝わると思っていても、お客さん視点から見れば全然そうじゃないんだ。
それで一度ビデオで撮って見て観たら、確かに何が何やら全然わからなかった。
そしてこの時これって他者が自分をどう見ているかを考えることと一緒だよなあ、ってことに気づいた。
嫌でも気づいた。
自分で一生懸命作ったネタが滑る、という経験はすさまじい。一歩間違えればトラウマになることもしょっちゅう。
だからこそそうなりたくないために発達だとか関係なく他者がどう見ているかを考える、のかもしれない。
今日もよろしく。